FC2ブログ

自殺するかもしれない私へ①

一連の殺意や、憎しみのはてに、自分が自殺するのじゃないか?と思えてきた。私の人生は終わっている。それは、憎んでいる父親や、兄のせいではない。

積極的に、二人に私の人生をぶっ壊された経験はない。暴力とか、性的虐待が、それにあたるかは分からない。ただ、結婚や就職を邪魔されたというモノではない。

だとしたら、私の憎しみや、殺意というものが、本当に正しいのかは分からない。ただ、憎んでいるし、「死ね」と思っているのは事実である。

これらが消えた時に、私は、ただ、何も持ってない無職となり、最終的にお金が尽きた時に死ぬ。

文章を書いて憎しみを発散できた部分がある。発散しても、元が消えてないから、また戻ってくる可能性もある。本当に、父親や兄の死を願っているのか?それは、奴らが死んだ時にしか分からないのかも知れない。

ただ、一連の思考の果てに、結局は、自分の自殺に近づいているような気がしてならない。諸悪の根源は、屋根から降りた後も、残っている太陽光パネルのように思える。

両親が、しばらくしたら旅行に出るけど、その間に、それらをぶっ壊したら、一連の太陽光パネルの心のあれこれは、解消されるかもしれない。そして、ぶっ壊した後に後悔がやってくる。

壊した太陽光パネルは、元に戻すことはできず。そして、時間が経てば、両親が旅行から帰ってくる。迫ってくる時間から逃れるように、私は、自殺するのじゃないか?と思えた。

直近で思い浮かべたストーリー。父親や兄を殺すよりも、実現可能であり、起こりうると思った。私が、自分の命を守るのは、馬鹿みたいな話だが、太陽光パネルを壊すことをやらないことなんじゃないかと思う。

命をかけるほどの問題か?と思える。眼の前で行われる危険行為を見逃せば良いだけである。人を殺すのと違って、自分が死ぬのは、追い込まれたらやってしまう可能性ある。

今後、私が作業をしている側で、馬鹿みたいな鉄パイプが組まれていくだろう。それに耐えるしかないのであろう。本当に耐えられなくなったら、どこかに逃げ込んでもいいかもしれないし、警察に相談するのも良いかも知れない。

耐えるというのも違うかもしれない。しかし、私は、現在進行形で、腐れ父親の腐れ脳みそで、鉄パイプを組み上げるプランが進行しているだけで、ぶち殺したくなる気持ちでいっぱいである。

なぜ、私の頭から、殺意と憎しみが消えないのか。満ちているのか。自分の自殺の可能性までを変えても、やはり、答えはでない。また、なにか精神的な絶望がおそってきたら、この文章の続きを書こうかと思う。

スポンサーリンク




新着ブログ記事。


ZenBack!

2018.03.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

スポンサーリンク

スポンサーリンク